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御利益
坂東札所の25番大御堂を参拝しようとしたら正月なので、大変混雑していた
そこでふもとの駐車場に車を置き、急な坂道を登ることにした
いつもなら妻の方が山登りが好きなので、私より先に行き、
私が息も絶え絶えについて行くというパターンであったが、
それがここ数年で私が禁煙し、不整脈の手術をしたため
ついて行けるようになり、ついにここ大御堂で逆転した
妻がなかなか登ってこないのである
10分程して、お寺の前の茶店でおちあい、無事に参拝して帰途に就いた
妻は悔しかったのであろう、医者に行き診察を受けた
最初は何でもないとのご宣託だったが、絶対おかしいと思ったのであろう
先生に食い下がり、精密検査を受けた所、心臓の血管に
欠陥がある事が判った(このシャレは使えるかも(^_^))
早速手術を受けた
先生の話では、無理をすると血管が破裂し、場所が場所だけに
一巻の終わりだったとの事
私は無神論者である、神に頼るつもりもないし、仏に帰依するつもりもない
しかし、今回の件は偶然や運が良かったと解釈するよりも
大御堂の観音様の御利益と考える方が自然ではなかろうか
その前に登った雨引山ではなんともなかったのである
正月の3日で混んでいた事、そのため急坂を登る決断をし、大御堂が急坂
を登った先にあった事
急に妻が一緒に行くと言いだした事、その日に限り、体調が悪く、症状が
出やすかった事、医者に食い下がった事、幾つかの偶然が重ならないと
今回の心臓手術には至らなかった
なんらかの力が働いたと考える方が自然に思えるのである
大御堂の観音様だけでなく、坂東札所33観音様全員(?)の御利益か
それとも秩父札所巡りを何回も巡った御利益をここでいただいたのか
まだ、二人で坂東札所巡りを始めて1回目の事である
坂東33か所巡りを結願すると何か良い事があると言われているが、最初に
使いきってしまった
何しろ命が助かったのである、これ以上の御利益があろうか
今度だけは観音様の御利益と信じることにした
私の様な徳の薄い人間にも御利益があった、妻だって私以上に
神様を信奉していない、観光気分であった
それでもこういうことがあった、とても感謝している
これを読んでいる皆さまに是非ともお知らせするべきと思い書いている
これからも私は罰当たりな人生を送るのだろう、でも死ぬときに
一言だけ「妻を救ってくれてありがとう」といって死のうと思う
それがせめてものお礼である
(参拝日 2014年1月3日 心臓手術日同年2月28日)
<後日談>
その年の12月に無事に坂東33か所を巡り終わった
また、秩父34か所も改めて全札所を巡った、たまたま午年総開帳とかで
記念散華を配っており、今年中に回りきらなければと思ったのが拍車をかけた
そこで妻と二人で大御堂に改めて参拝し、僅かではあるがお礼と称して
お金をつつんだ、納経所におられた住職(女性なので尼さんか)に事情を
お話しした所、大変喜んでくれた
帰りがけにどうも妻のいうことがおかしい、聞いてみると妻が体調がおかしい
と気が付いたのは大御堂ではなく一つ前の雨引山楽法寺だというではないか
私がお布施をやったお寺が間違いだといいたいらしい
そういえば楽法寺でも少し遅れ気味だったが、私はそれほどおかしいとは
思わなかった、妻はお寺の名前と場所が一致していなかったのである
私が大御堂に着いた時にどうも変な事をいっているなとは思ったのだが・・・
しかしわたしが気が付いたのは大御堂であり、妻がおかしいと思ったのは楽法寺
だった、それなら楽法寺も回ろうと言う事になった
ご存じのように楽法寺で同じことをやろうとしても、非常に混雑しており、まず和尚
さんに会う事すらできないだろうと思う
お参りはしたが、お賽銭を(50円)投げてかんべんしてもらった
妻はもう少し奮発したようだ
まあ結果オーライということで良いかなと思う、またこれからも花のきれいな時期に
何回もくればそれがなによりのお礼になると思うことにした
<重ね印、平成26年1月が最初で以後12月に毎年貰っている>
まだ10回ぐらいだが貫禄が出てきたところである(令和6年現在)
どこまで重ねられるかな、いつまでもここまで車で来れる位元気だと報告に来たい
大御堂は新しく建て替えられた。そしてついに尼さんが亡くなった、お堂を立て替
えて安心したのかもしれない(令和4年)
気管支が弱くタバコを吸っている人はご朱印所に入れなかった
でもいつもお元気だった、ご冥福を祈らせていただいた


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